一筆☆啓上

観た映画、読んだ小説の印象を綴ります

2023-01-01から1年間の記事一覧

「東の果て、夜へ」ビル・ビバリー 著

大谷翔平と山本由伸のドジャース移籍が決まった。彼らふたりがメジャーリーグの同じ球団でプレイするなんて、野球ファンにとっては夢みたいだ。しかも山本由伸の場合、医学やトレーニング方法が進歩したとは言え、野手と比較すれば故障するリスクの高い「投…

映画「カード・カウンター」(2021)

監督・脚本を務めるポール・シュレイダーの最新作「カード・カウンター」は、タイトルから連想される通り、「ハスラー」や「シンシナティ・キッド」(劇中の台詞で両者に言及される場面あり)の系譜に連なるギャンブラーものだが、それらとやや趣を異にする…

「春の雪」三島由紀夫 著

文学だろうと大衆向けの作品だろうと、物語というものはやはり面白くなくてはならない。小説に限らず、映画の世界などでも、一般に難解=質が高いと思われがちだが、如何にして物を語るかという見地に立てば、読み手側の頁を繰る手が止まらなくなるほど面白…

映画「離婚しない女」(1986)

にっかつロマンポルノで名を馳せた神代辰巳がメジャー系(松竹)で撮った一般映画。ひとりの男が同時にふたりの人妻を愛するという題材に惹かれて鑑賞したものの、登場人物の背景がボンヤリしているため具体性に欠け、期待外れの凡庸な仕上がりで終わった 映…

「神よ憐れみたまえ」小池真理子 著

いち読者として、作家・小池真理子との付き合いもいつの間にやら長くなった。今から三十数年前、彼女の書いたエッセイを知人に薦められて書店へと出向いた私が棚から選んでレジへ差し出したのは、魅惑的なタイトル(「知的悪女のすすめ」)が付された随筆と…

映画「暗殺の森」(1970)

ベルトルッチの名声を一躍高め、映画史上に残るマスターピースとして評価される作品だが、中身の濃いモラヴィアの小説に較べると、内容は随分と物足らなく感じる。登場人物の掘り下げ方が浅く、全くもって空虚で薄っぺらいのだ。構図、陰影、色彩にこだわっ…

「日没」桐野夏生 著

岩波で桐野夏生の作品に触れるというのも何か格別な思いだ。それは例えるなら、大衆に人気のある崎陽軒のシウマイ弁当を横浜中華街の老舗・聘珍楼(現在は閉店)で食す感覚に近いかもしれない エンタメ系小説を書く作家・マッツ夢井のもとへ文化文芸倫理向上…

「同調者」モラヴィア 著

4K版「暗殺の森」が公開された。残念ながら劇場へは足を運べないが、原作を読み返したうえで改めてDVDを鑑賞することにした マルチェッロは少年の頃から自分のなかに潜む異常性に恐れ慄いていた。そして13歳の時に決定的な出来事が起きる。彼に性的な…

映画「赤い天使」(1966)

数ヶ月前に観た「清作の妻」は、私が監督・増村保造に抱いていたイメージをいい意味で覆す傑作だった。そして今回鑑賞したこの「赤い天使」の内容もまた、それと肩を並べる重厚さであり、彼の類まれな演出力に対してはただ感嘆する以外になかった 日中戦争最…

映画「欲望という名の電車」(1951)

数日前、「欲望という名の電車」の新たな舞台公演が発表された 主役を任された沢尻エリカについて、私はかろうじて名前と顔が一致するくらいで、出演した映画やドラマの類は一切観ていない。従って彼女の俳優としての力量がどの程度なのかは全く見当もつかな…

映画「禁じられた情事の森」(1967)

カーソン・マッカラーズが著した「心は孤独な狩人」の高い完成度には唸らされた。そこで今回はその天晴な処女作に続き、彼女が筆を執った「黄金の眼に映るもの」の映画化作品を改めて鑑賞することにした アメリカ南部の陸軍兵舎。レオノーラと同性愛者の夫ウ…

映画「未来よ こんにちは」(2016)

個人的に、映画の要素として「感動」やら「ハートウォーミング」やらを求めていないので、通常ならこの何とも前向きな邦題の付けられた作品には一切見向きもしないところなのだが、今回は監督のミア・ハンセン=ラヴに関心があったのと、主人公の年齢が自分…

「心は孤独な狩人」マッカラーズ 著

人間の本質に関する部分を現実味を伴って文章で表現するのは決して容易ではない。それを可能とするためには作者自身が少なからず生きるうえでの酸いや甘いを経験する必要があるのではないかと思うのだが、ここで驚くべきはマッカラーズが23歳の若さで、し…

映画「心中天網島」(1969)

演出、撮影、美術、音楽。あらゆる面において豊かなイマジネーションを感じさせ、近松門左衛門原作の古典芸能と前衛的アプローチとを巧みに融合したハイブリッドな映像からは篠田正浩の才気がヒシヒシと伝わってくる意欲作だ 大阪天満の紙屋主人・治兵衛は妻…

映画「チャタレイ夫人の恋人」(1995)

つい最近、D・H・ロレンスの書いた原作を読んで感銘を受けたこともあり、自然と映画の方にも興味がわいた。心情描写を主とするあの小説の世界観をフィルム上で表現するのはかなりハードルが高く、どうせ男女の肉体的な交わりだけをクローズアップした官能…

映画「別れる決心」(2022)

今年劇場公開されたなかで個人的に最も注目していたのが本作。韓国映画に触れる機会が少ない私にしては非常にレアなケースだが、車のリアシートに座る男女を写した宣伝用ポスターにおいて、すでに心は離れてしまったかに見えるふたりの手が微かに重なってい…

映画「女の中にいる他人」(1966)

長谷川和彦がメガホンを取った「青春の殺人者」*1において、父親を刺殺し自首しようとする息子に対して母親が「これは我が家の問題で国や法律は関係ない」と出頭を引き留める場面は、市原悦子の鬼気迫る演技と相まって、鮮烈な記憶として私の脳裏に焼き付い…

「チャタレー夫人の恋人」ロレンス 著

D・H・ロレンスの書いた原書も、伊藤整の手掛けた翻訳書も、いずれも性愛に関する表現をめぐって「芸術か猥褻か」で論争の的になったと聞くが、実際本作に目を通してみれば、それは純然たる文学以外の何物でもなく、猥褻さは微塵も感じられなかった 新婚早…

映画「左利きの女」(1977)

ヒロインの家には小津(安二郎)を写したポスターが飾られ、シングルマザーの彼女が小学生の息子と映画館で観るのもまた小津のモノクロフィルム。従って、恐らくこの作品自体が小津の強い影響下にあるものと思われるが、私自身は彼の映画を、何となく自分の…

映画「クラッシュ」(1996)

クルマの運転とセックスの関連性についてはしばしば取り沙汰されるが、様々なテクニックを用いて相手と一体になり、気持ちの昂ぶりによってエクスタシーを得るところなどは確かに共通しているのかもしれない 本作の内容もまたクルマの運転とセックス、双方の…

映画「アンモナイトの目覚め」(2020)

これはあくまでも私の主観だが、同性愛を描いた映画には名作・佳作が多い気がする 人気と実力を兼ね備えたケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナン、このふたりを配した本作もまた、決して派手さはないが、まだ公に同性愛が認められていなかった時代の…

映画「鉄輪」(1972)

自分を捨て後妻を娶った元夫への嫉妬と恨みから鬼と化す女を描いた能の演目「鉄輪(かなわ)」を原案に、平安時代と現代とが巧みに交錯するストーリーは、男女の性愛シーンがふんだんに盛り込まれ、まるで前衛的ポルノグラフィのような趣を感じさせる 中年男…

「血も涙もある」山田詠美 著

私の趣味は人の夫を寝盗ることです。などと、世界の真ん中で叫んでみたいものだ。たぶん四方八方から石が飛んで来るだろうけど。そして、この性悪女!なあんて、ののしられたりする。不倫の発覚時には、何故かこういう古めかしい罵倒語が復活するから驚きだ…

映画「アンナと過ごした4日間」(2008)

タイトルだけ見ると(邦題は原題の直訳)、お涙頂戴の感傷的なラヴストーリーをイメージしそうだが、実際の内容は、確かに切ない話には違いないのだけども、一風変わった恋物語である 病院の依頼で遺体焼却を請け負うオクラサは、体の弱った祖母とふたりきり…

「ボヴァリー夫人」フローベール 著

配偶者や恋人以外の男女に心が傾くことを浮気と呼ぶのは実に言い得て妙だ。足が地につかず、まさに気持ちがフワフワと浮き立つ如きその感覚は、恥ずかしながら私自身にも経験がある。先日読んだ桐野夏生著「柔らかな頬」のなかで、不倫相手と密会する主人公…

映画「清作の妻」(1965)

本作を監督した増村保造に対し、私は「愛とエロス」を撮るフィルムメーカーという勝手なイメージを抱いていたのだが、その思い込みを見事に覆される重厚にして深遠な人間ドラマだった。でもよく考えてみれば、この映画の根底にあるのはひとりの女のエゴイス…

映画「ロング・グッドバイ」(1973)

今回、あらかじめレイモンド・チャンドラーの原作(村上春樹訳)を再読したうえで映画を鑑賞した 私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とする一連のシリーズのなかでも、「ロング・グッドバイ」はハードボイルド小説を「文学」の域にまで高めたとも言える金…

映画「仁義」(1970)

原題の"Le cercle rouge"は異なる人生背景を持つ者同士が「紅い輪」の中で必然的に出会うという、ブッダの言葉に由来する。メルヴィルの書いた脚本は当然ながらこのタイトルに則っており、劇中で主人公がビリヤードキューの先端を拭いた際に紅い円が強調され…

映画「バウンド」(1996)

この「バウンド」はウォシャウスキー姉妹がまだ兄弟だった時に製作されたもので*1、「暗殺者」*2の脚本で注目を集めたふたりが初めてメガホンを取った映画になる。たしか劇場公開時かなり話題に上っていて、私もビデオを借りた記憶はあるのだが、内容は全く…

「柔らかな頬」 桐野夏生 著

ジェイムズ・クラムリー作「酔いどれの誇り」などに登場する私立探偵ミロドラコヴィッチ三世の名前に因む主人公・村野ミロの活躍を描いたハードボイルド「顔に降りかかる雨」が初めて読んだ桐野夏生の小説だった。かれこれ30年程前のことだ。以来、彼女は…