一筆☆啓上

観た映画、読んだ小説の印象を綴ります

「チャタレー夫人の恋人」ロレンス 著

D・H・ロレンスの書いた原書も、伊藤整の手掛けた翻訳書も、いずれも性愛に関する表現をめぐって「芸術か猥褻か」で論争の的になったと聞くが、実際本作に目を通してみれば、それは純然たる文学以外の何物でもなく、猥褻さは微塵も感じられなかった

新婚早々に戦地で負傷し下半身不随となった夫クリフォードとの生活に倦んでいたコニーは領地で働く森番メラーズの持つ独特な魅力に惹かれ、いつしかふたりの仲は相思相愛へと発展していく。やがて、コニーのなかにメラーズの子供が欲しいという抑えようのない気持ちが強まり、ある計画を遂行する

拝金主義社会、工業化社会、階級社会に対する痛烈な批判を含むこの小説の主題は生の謳歌であり、あくまでも性愛はその象徴としての扱いだ。従って、セックスに関する描写だけを部分的に切り取って公序良俗に反すると評すのは愚の骨頂だろう。とは言うものの、不貞な関係を結ぶ身分違いの男女が全裸でお互いのアンダーヘアに草花を挿して(しかも男の方は自分のジョン・トマス*1に蔦を絡ませ)野外で戯れるなんてのは、百年前*2の人々からしたら相当ショッキングだったのは間違いなく、眉をひそめられるのも無理はなかった気がする。ロレンスはちょっと時代を先取りしすぎたのかもしれない

森番メラーズのイメージが想像していたのとはだいぶ違った。頁を開く前は偉丈夫でワイルドな無学の男(俳優に例えるなら若き日のマーロン・ブランド)を何となく頭に思い浮かべていたのだけども、文中に表されていた彼は中背で痩せた青白き容姿に知性と気位の高さを備えた男だったのは誠に意外。しかし、メラーズという人物が階級差を超えてコニーの愛してしまう相手と考えればこちらの方が現実味と説得力はある

メラーズがコニーに語る言葉のなかに、(軍隊所属時の)上官を愛した、とか、男が好きだ、などの記述が見られる。これらは彼がバイセクシャルなことを示唆しているのか。コニー自身は動揺する素振りもなく軽く受け流しているのだが、どう捉えたらいいのだろう。気になるところだ

今回手にした新訳版の訳者は私と同世代の方(あとがきによれば名画座に足繫く通った映画ファンでもあるらしい)。活き活きとした訳文には全く古臭さがなく、あっという間に二度読み終えた。あらたまった英語と方言の使い分けに苦慮されたようだが、その甲斐あってかリズムがとてもいい。コニーの豊饒なヒップを撫でたメラーズがいとおしみながら呟く「いい尻してんなぁ」「君の尻はたまんねぇ」はなかなかの名訳

将来に渡り、折に触れて再読するであろう私好みの作品。次はぜひ伊藤整の訳版にトライしたいと思う

  • 書名:「チャタレー夫人の恋人」("LADY CHATTERLEY'S LOVER")
  • 著者:デヴィッド・ハーバート・ロレンス
  • 訳者:木村政則
  • 出版社:光文社
  • 本の長さ:674頁
  • 発売日:2014/09/11

 

*1:男性器の俗称。メラーズはコニーの秘部をジェインと呼んでいる

*2:小説の完成及び最初の出版は1928年のこと