一筆☆啓上

観た映画、読んだ小説の印象を綴ります

「心は孤独な狩人」マッカラーズ 著

人間の本質に関する部分を現実味を伴って文章で表現するのは決して容易ではない。それを可能とするためには作者自身が少なからず生きるうえでの酸いや甘いを経験する必要があるのではないかと思うのだが、ここで驚くべきはマッカラーズが23歳の若さで、しかも処女作にして、その点をほぼ完璧に近いかたちで小説に仕上げたことだ

欧州でファシスト政党が台頭し、今にも世の中が戦争の渦に吞まれようとしていた時代のアメリカ南部を舞台に、年齢や人種、思想が異なる男女の人生が交錯する物語は何となくフォークナーの作品と共通する雰囲気が窺える

巻末の解説で訳者・村上春樹は、マッカラーズの小説は個人的に閉じた世界と述べている。なるほど、登場人物たちの内面描写を中心とした話はたしかにクローズされてはいるが、逆にマッカラーズの視点自体はとても開かれているような気が私にはする。これを象徴するのがスピノザとマルクスの考え方に共鳴し、アフロ・アメリカンの地位向上を強い理念とする黒人医師コープランドである。本作の展開においてベースラインに近い役割を果たす彼のキャラクターはオープンマインドな見方なくしては創造出来ないのではなかろうか

人は自分の胸のうちを誰かに黙って聞いてもらいたいもの。神父への告解が然り、セラピーも然り、ブログなんてのもあるいはそうなのかも。「心は孤独な狩人」はそこら辺がよくわかるストーリーだ。面白いのは、街の人々が「私の唯一の理解者」として畏敬の念を抱く聾唖の男ジョン・シンガーが実は彼らの話をたいして真剣には聞いていないこと(相手の口の動きで内容を把握するシンガーは彼らの話がいつも同じなのに半ばウンザリしている)。そしてシンガーもまた、時々会う聾唖の友人相手に時間が経つのも忘れて手話で語り掛け、積もりに積もった澱を吐き出す。結局のところ、ひとりぼっちか、そうでないかは関係なく、孤独や寂しさは皆の心の何処かに宿っている。この本を読むとそんな風に感じられる

村上春樹曰く「最後まで(翻訳をせずに)大事にしまっておいた」という一作。折に触れて目を通し、もっと理解を深めたい

  • 書名:「心は孤独な狩人」("The Heart is a Lonely Hunter")
  • 著者:カーソン・マッカラーズ
  • 訳者:村上春樹
  • 出版社:新潮社
  • 本の長さ:608頁(文庫版)
  • 発売日:2023/09/28(文庫版)