一筆☆啓上

観た映画、読んだ小説の印象を綴ります

映画「未来よ こんにちは」(2016)

個人的に、映画の要素として「感動」やら「ハートウォーミング」やらを求めていないので、通常ならこの何とも前向きな邦題の付けられた作品には一切見向きもしないところなのだが、今回は監督のミア・ハンセン=ラヴに関心があったのと、主人公の年齢が自分と同じ50代というのがあって、鑑賞する気になった

公私とも充実した日々を過ごしていた哲学教師ナタリーは、ある日突然、夫から「好きな人がいる」と告白され、思いも寄らず離婚する羽目に。さらに、痴呆症のため施設へ入れた母親の急逝や娘の出産、かつて指導した生徒との触れ合いなど様々な出来事を経験した彼女は改めて自らを見つめ直す

パリの高校でナタリーが教えるのは哲学。高校の授業科目で哲学を学ぶなんて、流石はデカルト、パスカル、サルトル、フーコーを始め数多の偉大な哲学者を輩出したフランスらしい。なんでもミア・ハンセン=ラヴの両親も揃って哲学者と聞く。従って、本作におけるナタリーや夫ハインツ(彼も哲学を教えている)の言動には監督の目から見た母と父の姿が少なからず投影されているのかもしれない

ひとりの女性を、ヒロイ二ズムやセンチメンタリズム抜きに、等身大のまま描いた点がいい。離婚後のナタリーに新たな恋が芽生えるみたいな安直な展開にならなかったのも好感が持てる。随所でエスプリが効いており、テレビ放送でサルコジ(元フランス大統領)が映された際にナタリーの母親が口にする「この男、誰なの?下品な顔ね」にはたまらず吹き出してしまった

細部までとても丁寧に作られた印象で、全体に監督のこだわりが窺える。ただ、映画館で隣に座った男から後を付けられ、ナタリーが路上でいきなりキスされる件だけは、話の流れにフィットしておらず浮いていた。あの場面は彼女にセクシャルな魅力が失われていないことを示す意図で挿入したに違いないが、カットしても恐らく支障はなかっただろう

ファッションやインテリアを含め、知的中産階級に属すナタリーのライフスタイルが素敵だ。母親が飼っていた黒猫「パンドラ」の存在がちょっとしたアクセントになっている点も面白い

  • "L'avenir" 102分 (仏・独合作)
  • 監督:ミア・ハンセン=ラヴ
  • 脚本:ミア・ハンセン=ラヴ
  • 撮影:ドニ・ルノワール
  • 出演:イザベル・ユペール、アンドレ・マルコン、ロマン・コリンカ

(2023-63)