一筆☆啓上

観た映画、読んだ小説の印象を綴ります

「老人と海」ヘミングウェイ 著

1920年代から30年代にかけて活躍したアメリカの作家たちを指す「失われた世代」という言葉の響きが、若い頃の私にはやたらと格好良く思え、それらの中心的存在だったヘミングウェイの小説に俄然夢中になった。当然、代表作「老人と海」にも目を通した…

「野生の棕櫚」フォークナー 著

小説におけるオールタイムベストに「八月の光」を挙げている私は、その著者フォークナーの文庫最新刊に当たる本作の発売を楽しみにしていた ミシシッピ州に属す架空の街(ヨクナパトーファ郡)を舞台に、様々な登場人物たちの人生が交錯するサーガ形式であっ…

映画「aftersun/アフターサン」(2022)

台詞に頼り過ぎず、流れのなかで観客のイメージを喚起するように企図された映画脚本こそが理想と考える私にとって、この「アフターサン」はかなり好みに近いカタチと言える 思春期を迎えた娘ソフィとその父親カラムのひと夏のふれあいを描いたストーリーは主…

映画「めし」(1951)

以前にも当ブログ内の記事に書いたのだが、私はいままで小津安二郎の作品をただの一本も観ておらず、それゆえ、彼にとっての「ミューズ」とも言える原節子については殆んど予備知識を持たなかった 夫との関係に倦み、淡々とした味気ない結婚生活に身も心も疲…

「一九八四年」オーウェル 著

オーウェルが書いた近未来世界から40年の節目を迎えたこともあって、今年読む最初の一冊には本作を選択した。この小説に目を通すのはもうこれで何度目かとなる。コンラッド「闇の奥」と同様、小生ごとき凡人では永遠にオーウェルの意図した真理へは辿りつ…

映画「波紋」(2023)

俳優・筒井真理子の存在は「淵に立つ」を劇場で鑑賞したときに初めて知った。あの作品で筒井が演じた人物は、或る出来事を境に、その前後でまるっきり別人になったかのように映り、そうした内面から滲み出す雰囲気のあまりに見事な変化は、ウェイト増加とい…

映画「日曜日には鼠を殺せ」(1964)

一度聞いたらついぞ忘れそうにない強烈なインパクトを持つ邦題は原作となった小説のタイトルがもとのようだ(原題は黙示録の一節「蒼ざめた馬を見よ」)。今回これを鑑賞しようと思い立ったのは他でもなく題名に惹かれたからである 観るに値するか、時間の浪…

映画「ワイルドバンチ」(1969)

以前から一度は観ようと思いつつ、なんだかんだと先延ばしにしてきた「ワイルドバンチ」をようやく鑑賞。ペキンパーの最高傑作として推す声も多く、期待は膨らんだが、かなり落胆させられる出来だった 冒頭と終盤の銃撃戦では如何にも「血まみれのサム」らし…

映画「鞄を持った女」(1961)

ズルリーニの映画は昨年「激しい季節」を鑑賞しており、その際に本作もリストへ登録した。両者とも年上の未亡人に恋心を抱く青年を描いたものだが、同じくズルリーニ演出で以前より観たいと思いながら未だ願いが叶わずにいる「高校教師」の内容も、アラン・…

映画「LOVE LIFE」(2022)

矢野顕子のあの特徴ある声が個人的に今ひとつ好きになれなくて、彼女の楽曲をまるで知らない。従って、監督・脚本・編集を担う深田晃司がインスパイアされたタイトル曲についてもこの映画を観るまで全く聴いたことがなかった。そんなわけで私のなかでは矢野…

映画「ジャイアンツ」(1956)

年明け最初に鑑賞する映画として、普段はどうしてもためらいがちな長尺のものを観ようと思い、かなり前にビデオを借りた記憶が残るのみで、内容自体はすっかり忘れてしまった本作をチョイスした アメリカ南部テキサスに広大な土地を所有する牧場主が東部出身…

「東の果て、夜へ」ビル・ビバリー 著

大谷翔平と山本由伸のドジャース移籍が決まった。彼らふたりがメジャーリーグの同じ球団でプレイするなんて、野球ファンにとっては夢みたいだ。しかも山本由伸の場合、医学やトレーニング方法が進歩したとは言え、野手と比較すれば故障するリスクの高い「投…

映画「カード・カウンター」(2021)

監督・脚本を務めるポール・シュレイダーの最新作「カード・カウンター」は、タイトルから連想される通り、「ハスラー」や「シンシナティ・キッド」(劇中の台詞で両者に言及される場面あり)の系譜に連なるギャンブラーものだが、それらとやや趣を異にする…

「春の雪」三島由紀夫 著

文学だろうと大衆向けの作品だろうと、物語というものはやはり面白くなくてはならない。小説に限らず、映画の世界などでも、一般に難解=質が高いと思われがちだが、如何にして物を語るかという見地に立てば、読み手側の頁を繰る手が止まらなくなるほど面白…

映画「離婚しない女」(1986)

にっかつロマンポルノで名を馳せた神代辰巳がメジャー系(松竹)で撮った一般映画。ひとりの男が同時にふたりの人妻を愛するという題材に惹かれて鑑賞したものの、登場人物の背景がボンヤリしているため具体性に欠け、期待外れの凡庸な仕上がりで終わった 映…

「神よ憐れみたまえ」小池真理子 著

いち読者として、作家・小池真理子との付き合いもいつの間にやら長くなった。今から三十数年前、彼女の書いたエッセイを知人に薦められて書店へと出向いた私が棚から選んでレジへ差し出したのは、魅惑的なタイトル(「知的悪女のすすめ」)が付された随筆と…

映画「暗殺の森」(1970)

ベルトルッチの名声を一躍高め、映画史上に残るマスターピースとして評価される作品だが、中身の濃いモラヴィアの小説に較べると、内容は随分と物足らなく感じる。登場人物の掘り下げ方が浅く、全くもって空虚で薄っぺらいのだ。構図、陰影、色彩にこだわっ…

「日没」桐野夏生 著

岩波で桐野夏生の作品に触れるというのも何か格別な思いだ。それは例えるなら、大衆に人気のある崎陽軒のシウマイ弁当を横浜中華街の老舗・聘珍楼(現在は閉店)で食す感覚に近いかもしれない エンタメ系小説を書く作家・マッツ夢井のもとへ文化文芸倫理向上…

「同調者」モラヴィア 著

4K版「暗殺の森」が公開された。残念ながら劇場へは足を運べないが、原作を読み返したうえで改めてDVDを鑑賞することにした マルチェッロは少年の頃から自分のなかに潜む異常性に恐れ慄いていた。そして13歳の時に決定的な出来事が起きる。彼に性的な…

映画「赤い天使」(1966)

数ヶ月前に観た「清作の妻」は、私が監督・増村保造に抱いていたイメージをいい意味で覆す傑作だった。そして今回鑑賞したこの「赤い天使」の内容もまた、それと肩を並べる重厚さであり、彼の類まれな演出力に対してはただ感嘆する以外になかった 日中戦争最…

映画「欲望という名の電車」(1951)

数日前、「欲望という名の電車」の新たな舞台公演が発表された 主役を任された沢尻エリカについて、私はかろうじて名前と顔が一致するくらいで、出演した映画やドラマの類は一切観ていない。従って彼女の俳優としての力量がどの程度なのかは全く見当もつかな…

映画「禁じられた情事の森」(1967)

カーソン・マッカラーズが著した「心は孤独な狩人」の高い完成度には唸らされた。そこで今回はその天晴な処女作に続き、彼女が筆を執った「黄金の眼に映るもの」の映画化作品を改めて鑑賞することにした アメリカ南部の陸軍兵舎。レオノーラと同性愛者の夫ウ…

映画「未来よ こんにちは」(2016)

個人的に、映画の要素として「感動」やら「ハートウォーミング」やらを求めていないので、通常ならこの何とも前向きな邦題の付けられた作品には一切見向きもしないところなのだが、今回は監督のミア・ハンセン=ラヴに関心があったのと、主人公の年齢が自分…

「心は孤独な狩人」マッカラーズ 著

人間の本質に関する部分を現実味を伴って文章で表現するのは決して容易ではない。それを可能とするためには作者自身が少なからず生きるうえでの酸いや甘いを経験する必要があるのではないかと思うのだが、ここで驚くべきはマッカラーズが23歳の若さで、し…

映画「心中天網島」(1969)

演出、撮影、美術、音楽。あらゆる面において豊かなイマジネーションを感じさせ、近松門左衛門原作の古典芸能と前衛的アプローチとを巧みに融合したハイブリッドな映像からは篠田正浩の才気がヒシヒシと伝わってくる意欲作だ 大阪天満の紙屋主人・治兵衛は妻…

映画「チャタレイ夫人の恋人」(1995)

つい最近、D・H・ロレンスの書いた原作を読んで感銘を受けたこともあり、自然と映画の方にも興味がわいた。心情描写を主とするあの小説の世界観をフィルム上で表現するのはかなりハードルが高く、どうせ男女の肉体的な交わりだけをクローズアップした官能…

映画「別れる決心」(2022)

今年劇場公開されたなかで個人的に最も注目していたのが本作。韓国映画に触れる機会が少ない私にしては非常にレアなケースだが、車のリアシートに座る男女を写した宣伝用ポスターにおいて、すでに心は離れてしまったかに見えるふたりの手が微かに重なってい…

映画「女の中にいる他人」(1966)

長谷川和彦がメガホンを取った「青春の殺人者」*1において、父親を刺殺し自首しようとする息子に対して母親が「これは我が家の問題で国や法律は関係ない」と出頭を引き留める場面は、市原悦子の鬼気迫る演技と相まって、鮮烈な記憶として私の脳裏に焼き付い…

「チャタレー夫人の恋人」ロレンス 著

D・H・ロレンスの書いた原書も、伊藤整の手掛けた翻訳書も、いずれも性愛に関する表現をめぐって「芸術か猥褻か」で論争の的になったと聞くが、実際本作に目を通してみれば、それは純然たる文学以外の何物でもなく、猥褻さは微塵も感じられなかった 新婚早…

映画「左利きの女」(1977)

ヒロインの家には小津(安二郎)を写したポスターが飾られ、シングルマザーの彼女が小学生の息子と映画館で観るのもまた小津のモノクロフィルム。従って、恐らくこの作品自体が小津の強い影響下にあるものと思われるが、私自身は彼の映画を、何となく自分の…