一筆☆啓上

観た映画、読んだ小説の印象を綴ります

映画「LOVE LIFE」(2022)

矢野顕子のあの特徴ある声が個人的に今ひとつ好きになれなくて、彼女の楽曲をまるで知らない。従って、監督・脚本・編集を担う深田晃司がインスパイアされたタイトル曲についてもこの映画を観るまで全く聴いたことがなかった。そんなわけで私のなかでは矢野顕子と深田晃司のラインが容易に結びつかず、そこに何かしらの興味をかきたてられた

良いとか悪いとか、正しいとか間違いとか、単純にスパっと割り切れないグレーなところを描写する才能に長けている。それが、「淵に立つ」と「よこがお」を鑑賞しての深田晃司に対する率直な印象だ。本作の登場人物たちが思わず取ってしまう、後から自己嫌悪に陥るような言動の数々には、白黒つけられない灰色の極めてヒューマニックな部分が的確に表現されており、改めて監督の鋭さには感心させられた

物語の中心に据えられた大きな「喪失」。その気持ちというものはやはり当事者でなければわからず、周りが本当の意味で寄り添うのは不可能に近い。だから、主人公・妙子の再婚した夫や義理の両親が覗かせる冷めた反応は或る意味自然な態度と言えるだろうし、元夫(彼も当事者のひとりだ)が半ば反射的に見せる手荒な行為も自然な態度である。こうした謂わば「等身大」の人間味をリアルさを持って示す手腕は見事としか評しようがない

映画後半部で元夫の発する「忘れる必要はない」の台詞が、主題曲の歌詞「どんなに離れていても愛することはできる」と繋がり、強い印象を残す。ホームレスだった元夫の連れ込んだ猫が悠然と部屋を闊歩する様子に在りし日の息子の姿が重なり、彼(もしくは彼女)が新たなキューピッドとなって妙子たち夫婦が再生されることを予感させるラストもいい

【★★★★★★★☆☆☆】

  • "Love Life" 123分 (日・仏合作)
  • 監督:深田晃司
  • 脚本:深田晃司
  • 撮影:山本英夫
  • 出演:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、田口トモロヲ、神野三鈴

(2024-2)