「同調者」モラヴィア 著
4K版「暗殺の森」が公開された。残念ながら劇場へは足を運べないが、原作を読み返したうえで改めてDVDを鑑賞することにした
マルチェッロは少年の頃から自分のなかに潜む異常性に恐れ慄いていた。そして13歳の時に決定的な出来事が起きる。彼に性的な興味を抱き誘いをかけてきた男を銃で撃ち殺したのだ。以降、周りと同化することで普通になれると固く信じ、そうなるよう努めながら大人へと成長したマルチェッロにとって、当時のイタリアを席巻していたファシスト党の政治要員として働くのはある意味必然だった。そんな彼に向けて、党の上層部よりひとつの指令が下される
ベルトルッチが細部に至るまでこだわりぬいた「暗殺の森」の美しさは誰もが認めるところだが、この物語の本質を理解するには、映画だけでは十分でなく、三人称を用いて主人公マルチェッロの心理を丹念に記した小説に目を通さねばなるまい。特に少年期を描いたプロローグと彼が不惑間近の年齢になったエピローグ(それぞれ三章構成)はマルチェッロの人物像を把握するに当たり重要だ
己の犯した大罪によってピュアな魂は穢されたと思い込み、背負わされた重荷から自らを解放するべく必死に普通さを追い求めてきたマルチェッロが、人は誰しもいつしか純真さを失うものであり、それが普通なんだと悟らされる終盤の描写は「同調者」のストーリーを象徴するシーンと言え、非常に印象深い
何をもって普通とし、何をもって正常とするかの判断基準には曖昧さが伴う。マルチェッロは長いものへ巻かれることがその答えだと信じて疑わなかったが、ではもし大きな勢力の方向性自体が間違っていた場合、唯々諾々とそれらに染まる行為は果たしてノーマルと呼べるのか。決して難解な筋書きではないが、主人公の思考を通して作者の意図を汲む必要がある
映画のハイライトとなる暗殺の場面だが、小説ではマルチェッロはその現場に居合わせておらず、概要を新聞記事と諜報員オルランドの話で知るに過ぎない。またラストについてもベルトルッチの意向で大きく改変されている。従って、本作における映画と小説の関係性は謂わば「二卵性双生児」的な間柄と捉えるのが適切だろう。ただ個人的には小説のエンディングの方が腑に落ちるし、全体の流れを見ても結びとしてはこちらが相応しく感じられる
巻末の解説によれば、この話を執筆したモラヴィアに対し、ファシズムを否定していないとの理由で一部の評論家たちは批判を浴びせたそうだ。だがこれはファシズムを直接的に扱ったポリティカルな作品ではなく、日和見主義の男の生きザマを描いたドラマであり、あくまでもファシズム自体はその背景と考えれば、モラヴィアの筆こそが正しかった、そういう気がする
- 書名:「同調者」("Il conformista")
- 著者:アルベルト・モラヴィア
- 訳者:関口英子
- 出版社:光文社
- 本の長さ:616頁
- 発売日:2023/01/11