映画「女の中にいる他人」(1966)
長谷川和彦がメガホンを取った「青春の殺人者」*1において、父親を刺殺し自首しようとする息子に対して母親が「これは我が家の問題で国や法律は関係ない」と出頭を引き留める場面は、市原悦子の鬼気迫る演技と相まって、鮮烈な記憶として私の脳裏に焼き付いている
本作で、友人の配偶者を絞殺したと夫から告白された妻が「(自分がやったと思い込んでいるだけで)あなたが実際に殺したかどうかもわからないのだし、もし仮に事実だとしても私たちだけしか知らないのだから全部忘れてしまいなさい」らしきニュアンスの言葉を割と冷静に口にする様子は、どこかあの母親の姿を彷彿とさせた
美しい妻とふたりの子供に囲まれ、誰もが羨む幸せで満ち足りた生活を送る勲だったが、その陰では親友・松崎の結婚相手さゆりと密会を繰り返していた。ある日、窒息時に得られる強いエクスタシーの虜となっていたさゆりの求めに応じて、呼吸が止まる寸前まで彼女の首を絞めた勲は自らが言いようのない興奮を覚え、やがてそれは後戻り出来ない一線を超える結果へと繋がってしまう
良心の呵責、殺人現場へ残してきた指紋によりいつ警察の手が回ってもおかしくはないと思う強い不安などが重なり、神経衰弱に陥った勲は自首の道を選択する。彼がこの覚悟を決める要因となったのは、恐らく「包み隠さず正直に吐露して一刻も早く楽な心境になりたい」という謂わば自分本位な了見のみで、そこに家庭や子供のことを顧みる余地は全くなかったに違いない。一方、妻・雅子の頭を占めていたのは、傍目には円満に映る家族の状態を何としても維持し、絶対に子供たちの父親を殺人犯にはしないというふたつの考えであり、ここら辺りに男親と女親の意識の違いが窺えるような気もする
最後に雅子が取った行動は決して容認は出来ないものの、彼女の立場からしてみれば結局ああするしか方法がなかったのだろう。気弱な勲とは異なり、妙に肝の座った雅子なら、きっと墓場まで秘密を持っていくはずだ
成瀬巳喜男は、今年のGWに観た「乱れる」もそうだっだが、登場人物の微妙な心理描写に秀でており、海外ミステリーの翻案もの*2となる「女の中にいる他人」も彼ならではの上質なサスペンス劇に仕上がった。終始苦悶の表情を浮かべている主人公役に、あえて飄々とした雰囲気の小林桂樹を用いた配役もいい
- "The Thin Line" 102分 (日)
- 監督:成瀬巳喜男
- 脚本:井出俊郎
- 撮影:福沢康道
- 出演:小林桂樹、新珠三千代、三橋達也、草笛光子
(2023-59)