一筆☆啓上

観た映画、読んだ小説の印象を綴ります

映画「アンナと過ごした4日間」(2008)

タイトルだけ見ると(邦題は原題の直訳)、お涙頂戴の感傷的なラヴストーリーをイメージしそうだが、実際の内容は、確かに切ない話には違いないのだけども、一風変わった恋物語である

病院の依頼で遺体焼却を請け負うオクラサは、体の弱った祖母とふたりきりで暮らす孤独な中年男。ある日、彼は近くの納屋で女が暴行されている現場に遭遇するが、声を上げることすら出来ず、ただ呆然と陰で立ち尽くすしかなかった。犯人が逃亡してから、女のもとへ近寄ったオクラサは被害者が同じ勤務先の看護師だと気づき、急いで警察に通報するものの、他に目撃者もなく、結局は彼自身が罪を着せられてしまう。その後、服役して自宅へと戻ったオクラサは、事件がきっかけで恋ごころを抱いた看護師に関心を寄せ、昼夜に渡り彼女の私生活を観察し始める

非嫡出子のオクラサは生まれた時から祖母の手で育てられてきた。恐らくは実母の顔など覚えていない彼にとって、看護師アンナの存在は単なる恋愛対象に留まらず、謂わば母性の象徴だったのではなかろうか。アンナに対する思いが募り、深夜看護師寮へ侵入して、彼女が使ったタオルに顔を埋めたり、寝間着からはだけた乳房にそっと触ろうとするあたりはまるで母親を慕う幼児や少年のようだ。息をひそめたオクラサが(アンナの部屋の)床を雑巾がけする姿は純粋以外の何物でもない

監督のスコリモフスキがオクラサに注ぐ視線は終始客観的でクールながらも何処か温かい。この感覚はスコリモフスキと同じくポーランド出身のキェシロフスキが撮った「トリコロール:白の愛*1」にとても似ている。どちらも冴えない男の一途な愛をペーソスとユーモア溢れるタッチで描いている点が共通する

変に都合良くまとめすぎないラストは好感が持てる。ただ、オクラサ本人の心中を察すると少々いたたまれないが。しかし、人生が山あり谷ありの悲喜劇ならば、彼にもきっと幸福な瞬間は訪れるはず。そんな気がしてならない

  • "Cztery noce z Anna" 94分 (仏・波合作)
  • 監督:イエジー・スコリモフスキ
  • 脚本:イエジー・スコリモフスキ、エバ・ピャスコフスカ
  • 撮影:アダム・シコラ
  • 出演:アルトゥール・ステランコ、キンガ・プレイス、イエジー・フェドロビチ

(2023-55)

*1:性的不能がもとで離婚された男の元妻への復讐を人情味豊かに描いた作品 1994年