一筆☆啓上

観た映画、読んだ小説の印象を綴ります

「湖の女たち」 吉田修一 著

特に吉田修一のファンというわけではないのだが、たまたま目に留まった本書の紹介記事に関心を抱き、文庫の発売日に書店で買い求めた

琵琶湖の畔に建つ高齢者医療施設で寝たきりの老人が不慮の死を遂げた。事故か殺人か、警察は決定的な証拠を掴めず捜査は難航する。そんななか、事情聴取がきっかけで出会った刑事の圭介と施設で働く介護士の佳代は何かに導かれるがままに接近し、いつしか二人は倒錯した行為に溺れていく。その一方、週刊誌記者の池田はある薬害事件の取材過程でこの亡くなった老人が旧日本軍七三一部隊の生き残りだということを知り、隠された背後関係を探ろうとするものの、不審な男たちから手を引けと忠告される

題材は大変興味深い。しかしながら全体において掘り下げ方が浅く、物語自体はかなり薄っぺらく感じられた。この話を出版社の宣伝する通り「極限の」黙示録と呼ぶのならば、黙示録という言葉の価値も随分低くなったと思わざるをえない

肝となるはずの七三一部隊に関する記述が、まるでウィキペディアをコピーしただけのような凡庸さだったのにはガッカリ。ここはノンフィクションにも劣らぬ綿密さが欲しかった気がする

昨今の小説や映画のなかには社会問題を扱った風でいながら、実はただそのセンセーショナルな面のみを追い求めた作品が目につく。津久井やまゆり園事件や国会議員によるLGBTQの方々への差別発言について言及されている本作の根底には「人間の存在意義」という重いテーマがあると考えられるが、それが単なる煽情的な表現で置き換えられてしまったのは残念でならない

本筋とは直接繋がらない(にも拘らず結構な頁を割く)圭介と佳代のサドマゾ関係を果たして挿入する必要があったのか疑問だ。あまりにも現実離れしたふたりのこの場面、読みながら鼻白んで仕方がなかった

結局のところ、色々なエピソードの全てを中途半端にしたまま性急に幕を閉じた感が強く、後には私自身が湖底に沈んでしまいそうな気分ばかりが残された

  • 書名:「湖の女たち」
  • 著者:吉田修一
  • 出版社:新潮社
  • 本の長さ:400頁(文庫版)
  • 発売日:2023/07/28(文庫版)